6月4日に開催される第9回情報法制シンポジウムで、いよいよ本格的に諜報問題について憲法・情報法の視点から検討が始まります。私が司会を務める第二部では、小西葉子先生の報告と指宿信先生、横大道聡先生を交えたパネルディスカッションを予定していますが、この議論がなぜ今必要なのか、そして何を目指すべきなのかについて整理しておきたいと思います。
まず最初に明確にしておかなければならないのは、今回の議論は一足飛びに「日本版CIA」のような対外諜報組織を作るという話ではないということです。映画やテレビドラマの影響で、諜報と聞くとスパイが海外で暗躍する姿を想像する人も多いでしょうが、現実的に日本が今必要としているのは、まず国内対策、安全対策の充実です。なんかこう、古くはスパイ小説的な「ジャッカルの日」とか、あるいはゼロゼロセブンのような華やかな活動をイメージされる方のほうが圧倒的に多数なのではないでしょうか。
一般的に、今回も念頭に置かれている諜報活動というものは、基本的には情報の収集と分析が中心であり、警察力による捜査に踏み込むことは例外的なものでしかありません。常識的に考えれば、当局と民間の間での情報交換と、明確な目的を定めた事態対処が念頭に置かれるべきものであって、基本的に、玉石混交の情報をダーッと集めてみて、その9割以上が「使われずに捨てる」けどそれでもいいので情報を集めるという地味な作業の繰り返しになります。派手な工作活動よりも、何かよく分からんけどとりあえず調べておくかという類の地道な情報収集と分析こそが諜報活動の本質になってきます。
そもそも「日本には諜報組織が必要」とする場合、最も重要なのは意志決定する人にどのような情報を提供するべきかという点です。まあ、満州鉄道調査部とか過去の日本の諜報に関する組織や役割については、さすがにノウハウという点では断絶していて他国に浸透といってもむしろ政府組織よりも民間商社のほうがよほど現地社会や政府について詳しいということはザラです。その点で、アメリカやイギリスのように諜報専門組織に多額の政府予算をつけてゴリゴリに諜報専門職が外国に介入する(場合によってはビンラディン暗殺までやり遂げる)というのは日本の目指すべき諜報のスタイルからは程遠いというのもまた事実です。
そして、日本の場合も、日本流に判断に資する情報をどうタイムリーに上げられるようにするかという、正確さだけでなく目的志向性や即応性が極めて大事になります。いくら正確な情報でも、判断を下すべきタイミングに間に合わなければ意味がありませんし、逆に即応性ばかり重視して不正確な情報を上げても適切な判断はできません。まあそれ以上に我が国のそういう方面の責任者はちゃんと判断を下して対処を命令できるのかというあたりに課題がある場合も多いのですが…。
そのような情報活動に本来託されるべき大目標はあくまで国民が安全に国内で暮らすことです。次いで国内海外で生命や財産が危険に晒されないようにするために、政府が国民を護る対処をする、その目的で対処に必要な情報を収集することが求められます。この順序を間違えると割と大変なことになります。諜報組織は国民のために存在するのであって、国家のために何でもやるとか、組織のための組織であってはならないのです。
具体的な脅威への対応についても整理はかなり必要です。犯罪や海外からの攻撃が具体的にある場合は、シームレスに事態対処可能な当局に引き渡すことが必要とされますが、ここで重要なのは、先にも書いた通り国によって諜報を行うためのドクトリンはまったく異なるということです。アメリカのやり方をそのまま日本に移植しても機能しませんし、イギリスやフランス、ドイツの制度をコピーしても日本の法制度や行政機構にはフィットしません。よく「日本版CIAを創設しよう」という話は出ますが… まあなんつーの、そう… って感じになります。
日本独自の諜報体制を構築するためには、まず憲法上の制約を明確にし、既存の法制度との整合性を図り、行政組織間の役割分担を整理する必要があります。内閣情報調査室、警察庁、公安調査庁、防衛省情報本部など、既に存在する組織の機能を目的や果たすべき機能にそって最適化し、相互の連携を強化することから始めるべきでしょう。
今回のシンポジウムでは、こうした現実的な課題について、憲法学者、情報法の専門家、実務家の立場から多角的に検討します。理想論ではなく、日本の現状を踏まえた実現可能な情報収集・分析体制のあり方を議論したいと考えています。
諜報というと何やら怪しげなイメージを持たれがちですが、結局のところ、国民の安全を守るための情報収集と分析の仕組みをどう整備するかという、極めて現実的な政策課題なのです。じゃあいままで何をやってたんだと言われそうな気がしないでもありませんが、うるせえな。感情論ではなく、冷静な法的・制度的検討が求められる分野だからこそ、学術的な議論の場が必要だと考えています。
6月4日のシンポジウムでは、こうした論点について活発な議論を期待しています。現地参加、オンライン参加ともに歓迎ですので、関心をお持ちの方はぜひご参加ください。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.477 我が国の情報収集・分析体制のあり方を問い質しつつ、大学教育が直面している問題やGoogle検索へのAI導入などについて語る回
2025年5月27日発行号 目次
【0. 序文】第9回情報法制シンポジウムで議論される、日本の情報収集・分析体制の現在地
【1. インシデント1】中堅大学理系で指定校推薦入学者の退学者数が急増している件について
【2. インシデント2】Googleが検索サービスにAI Modeを導入したことが意味することをぼんやり考える
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
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